同じように
前を向いていたとしても
目指している所が同じとは限りません
(と、思った話です)
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たとえば子どもが
メソメソしているとき
そばで見ている親としては
何かしてやりたくなります
まず「どうしたの?」と声を掛けて
その事情を知ったとして
それを解決するために
どうすればいい考え始め
これまでの自分の経験も含め
あれこれアドバイスしたくなります
それは
「子どもの悲しむ姿を見るのが忍びない」
そんな自分の思いと
「子どものメソメソを吹き飛ばす方法を探す」
という私自身のゴールに向けての行動です
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一方
子ども自身はどうかというと
必ずしも
それを望んでいない場合もあります
気持ちが溢れてメソメソはしているけれど
ひとしきりそこで泣いたらスッキリすることもあるし
アドバイスなんて
必要としていないこともあって
親の目指すゴールと
子どもの目指すゴールは
必ずしも同じではありません
相手のゴールは相手が決めることであって
こちらが設定することではない
そのことに気づくまで
ずいぶん時間が掛かってしまったように思います
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子どもがどこに向かおうとしているのか
こちらに何か望んでいることがあるか
ついつい
目先の解決策に飛び込んでしまいたくなるけれど
親として臨むことは
「本人が自分らしく生きられること」で
そこに対して
寄り添っていきたいなと思っています
怒りの感情と上手に付き合う
アンガーマネジメントコンサルタント
山本周子(やまもとちかこ)
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